明治以前の歴史・アイヌ民族!ー再表示です!

 明治の時代「北海道への入植」の理由は色々あったと思います
ーーーーーーーーー
明治の人々は”色々な想い”北海道に入植した事と思います!ーがー
明治以前の歴史特に「和人とアイヌ」の歴史に注目する必要も有ります
また明治入植者が好むと好まざるとに関わらず開拓の過程で”アイヌへの不利益な行政”が、結果的に北海道の開拓の発展に繋がりました
ーーーーーーーーー
先住民・アイヌの人々
私の”身近な知人”にも先住民・アイヌの家系の同僚・先輩が居ます
特に、本州で暮らしている”同僚・先輩”の多くは「北海道には帰りたくないと言う人が多かったです
ーーーーーーーーー
色々な事があったのだと思います
宇梶静江さん(宇梶剛士さんの母)の投稿
ーーーーーーーーー
。。。。。。。。。。
和人とアイヌの歴史
。。。。。。。。。
「アイヌ文化」”誇りとプライド”を持っている人も多く昨年、白老町「ウポポイ(民族共生象徴空間)」が開設されました
北海道の開拓の歴史”で「アイヌ文化・歴史」を見過ごす事は出来ません
。。。。。。。。。。
コシャマインの戦い
。。。。。。。。。。
ーーーーーーーーー
15世紀・上ノ国和人武士団とアイヌのコシャマインの戦い
ーーーーーーーーー
この戦いを制圧した武田信廣若狭国(福井)の守護大名・武田信賢の子として1431年に若狭・小浜で誕生します
その後、陸奥国に移り南部家で”蠣崎の知行”を許され蠣崎武田を名乗り1454年に南部家に反旗を翻し蝦夷地に渡り上ノ国・花沢館・蠣崎季繁の客人となる
ーーーーーーーーー
15世紀・蝦夷地は東北の豪族安東氏”の支配地域で配下の蠣崎氏(蝦夷地管領)”花沢館”を拠点として”上ノ国”を統治していました
当時、道南地域は”上ノ国””下ノ国に分かれ”十二の館が築かれており”花沢館”その1の館でした
武田信廣は、1458年の「和人武士団とアイヌのコシャマインの戦い”花沢館”を拠点として戦い、勝利します此の功績で蠣崎季繁の娘婿となりー”勝山館”を建て此処を拠点として”蝦夷地”を統治していきます
その後”子孫”松前藩をお輿します
ーーーーーーーーー
松前藩”アイヌ”への抑圧の”始まり”に思えます

”上ノ国”北海道・発祥の地と言われています
。。。。。。。。。。
ークナシリ・メナシの戦いー
。。。。。。。。。。
ーーーーーーーーー
根室・国後でアイヌが蜂起した戦いです!ー全く知りませんでした!
この戦いでー「松前藩の御用商人・飛騨屋」支配人・番人らの非道(暴力・脅迫・性的暴力・だまし・償い要求)の実態が明らかになりました。
これらは、飛騨屋がアイヌを強制的に働かせるために行われました。この戦いの後、飛騨屋は交易の権利を没収され阿部屋・村山家村山傳兵衞が台頭します
しかしその後もアイヌの環境は改善されず和人の経済圏に組み込まれ和人の持ち込んだ天然痘により此の地方のアイヌの人口は激減強制労働と性暴力は終わりませんでした
明治維新前江戸時代後期に「飛騨屋久兵衛」は材木の切り出し・ロシアとの交易を行い「東の飛騨屋」「西の鴻池」と言われるほど財力をなしたそうです
村山傳兵衞の痕跡は札幌市・南区・藤野地区・十五島(丸重吾橋)に見られます
。。。。。。。。。。
ー北海道旧土人保護法ー
。。。。。。。。。。
明治時代に「北海道旧土人保護法」なる法律が有った事を知る人は少ないです
「保護法」とは名ばかりの”内容”の法律です
ーーーーーーーーー
狩猟民族である”アイヌ”は土地を開墾せず生活が困窮し土地は人に貸し付け結果的に”アイヌから土地を奪う”事になりました
ーーーーーーーーー
。。。。。。。。。。
ー「旧」北海道旧土人保護法についてー「アイヌ政策推進局アイヌ政策課・抜粋
。。。。。。。。。。
日本国民への同化が目的
 明治時代になると、政府の植民策がすすみ北海道への移住者が増加してきました。開拓使や北海道庁は、先住していたアイヌの人たちに一部の地域で農業の奨励や教育・医療などの施策をおこなってきましたが、十分ではなく、次第に生活に困窮する人たちが増えてきました。
 このため、政府は明治32年に「北海道旧土人保護法」を制定しました。これは、アイヌの人たちを日本国民に同化させることを目的に、土地を付与して農業を奨励することをはじめ、医療、生活扶助、教育などの保護対策をおこなうものでした。
 しかし、和人の移住者に大量の土地を配分したあとで新たに付与する良好な土地は少なく付与された土地もその多くは、開墾できずに没収されたり、戦後の農地改革では他人に貸していた土地が強制買収されたりしました。
 また、その他の対策も必ずしも成果は上げられませんでした
ーーーーーーーーー
・アイヌの土地の没収(良好な土地が配分されず結果的に没収されました)
・収入源である漁業・狩猟の禁止基本的に狩猟民族です)
・アイヌ固有の習慣風習の禁止(和人とは違う文化を持っていました)
・日本語使用の義務(独自の言語を持っていました)
・日本風氏名への改名による戸籍への編入(日本国民への同化です)
が行われました
ーーーーーーーーー
現在はアイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律が施行されています
ーーーーーーーーー
米国の西部開拓の歴史とインディアンに対する政策にそっくりです
ーーーーーーーーー
現在(R3年4月6日)に「アイヌ政策推進方策」が発表されています
此処には「北海道大学によるアイヌの遺骨収集」「不当な土地搾取」にも触れています
ーーーーーーーーー

コメント

このブログの人気の投稿

ー藻岩発電所-藻岩導水トンネルに係る犠牲者の碑ー(更新しました!)

”愛車・買い替えの検討”ー決定!ー更新します!

大規模修繕工事です!ーEVの交換工事が始まります!