真駒内用水
⑤曙公園付近の案内板です! |
エドウィン・ダンの提言により、真駒内川から牧牛場(現・真駒内駐屯地)へ水を引く水路として明治12年に完成しました。
その後、稲作用の水を確保する為に白石区米里までの一大用水路として整備されましたが、水田の消滅とともに埋立が進み、現在残っているのは真駒内川から精進川へと流れる水路だけです。
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丸亀桶管
「真駒内用水案内板より」
真駒内用水への取水地点です。もともとは300m程下流側にありましたが、明治29年と平成8年に移設工事が行われ現在の位置となりました。
丸亀と言う名の由来は、聨合用水となっていた時代の第七代組合長丸亀孝利氏にある様です。
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「エドウィン・ダン顕彰碑より」
エドウィン・ダン氏は明治六年開拓使が米国に求めた家畜を輸送して来日してから引きつつ”きその嘱を受けて北海道農業指導の任にあたり、ことに明治八年以来北海道にあって、七重牧場、真駒内種牛場、新冠種馬場、札幌牧羊場などを開設してその経営にあたり家畜の飼育、牧草、甜菜、亜麻などの栽培、土地の改良、畜力農具の使用、畜産物の加工などあらゆる新技術を実地に伝えた。北海道は実にその基礎の上に栄えたのである。明治十五年任期満了後も日本に止り、昭和六年八十四才で長逝されるまで我国の外交、産業、文化の発展のために全生涯を捧げられた。その恩漳は永遠に忘るべからざるものである。今その偉大なる功績を永遠に伝えるために、この像を建立する。
昭和三十九年十月 エドウィン・ダン顕彰会
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⑥自衛隊・真駒内駐屯地脇に種畜場事務所跡の碑がありました!
どうやら自衛隊・真駒内駐屯地は牧場だったようです!
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看板の説明文
明治9年(1876)北海道開拓使は、米国人エドウィン・ダンの提言によって牧牛場(後の種畜場)を開き、ここに本部を置きました。牧牛場は、その後「真駒内種苗場、「北海道庁種苗場」、「北海道農業試験場畜産部」と名前を変え、昭和21年(1946)までの70年間北海道畜産発展の中心地でした。
⑦真駒内用水・精進川・合流ポイント
お散歩・山行等で見つけた「花卉」「樹木」を随時掲載します!
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花卉編ー7月
花卉編ー7月
【撮影日時】:令和2年7月27日・撮影
【撮影場所】:豊平川河川敷・藻岩下付近
【投 稿 者】:おおさん
【コメント】:
【参考資料】:
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【花の名前ーNo.3-17】:「ユリ」種類は後日調べます!
【撮影日時】:令和2年7月27日・撮影
【撮影場所】:真駒内・エドウィン・ダン記念公園
【投 稿 者】:おおさん
【コメント】:
【参考資料】:
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【花の名前ーNo.3-18】:「ユリ」種類は後日調べます!
【撮影日時】:令和2年7月27日・撮影
【撮影場所】:真駒内・エドウィン・ダン記念公園
【投 稿 者】:おおさん
【コメント】:
【参考資料】:
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