藻岩山・南稜線の裸尾根と軍艦岬

マンションの管理人にお願いし、「12階」の屋上に上がり、藻岩山・南稜線の裸尾根と周辺を撮影しました

藻岩山・南稜線・正面ー屋上に上がっても登山道は良く判りません

藻岩山・南稜線・左側ーこの尾根は軍艦岬に降りる尾根かもしれません
1/25000地形図で地形を読み切れないので、この地区は国有林なので、林野庁・石狩森林管理局で1/5000の森林基本図を閲覧するのも一案です
上の2枚を繋げました

鹿島建物のヘルメットを被りました
マンション周辺の写真「北・南側」を撮影しました
マンション北側円山を臨む
マンション南側軍艦岬を臨む!
🗾「軍艦岬」
https://www.google.co.jp/maps?q=43.0164389,141.3462898

藻岩山東側先端の崖ー「安山岩の露頭があります」ーが、明治時代の軍艦の舳先(へさき)の形に似ており、藻岩山が巨大な軍艦に見えたことから軍艦岬と名付けられました
軍艦岬
確かに明治時代の軍艦の衝角に見えます
明治時代の軍艦の舳先には水中に飛び出した「衝角」(しょうかく)と言う物あり、相手の船の横っ腹に衝突させ、穴を開けて沈没させる武器でした、地形がこの「衝角」に似ていたことが由来しているようです。
この写真は1899明治32年)に建造された日本の軍艦三笠(撮影:1918〜1922年? 転載:北海道大学方資料室所蔵『大正7年乃至大正11年西伯利出兵史写真帖』によるものです
軍艦三笠は当時の典型的な軍艦で現在の船と舳先の形が全く違います真逆です



©さっぽろサイエンス観光マップを参照!

軍艦岬は明治9年頃の屯田兵が”この地"を名付けたようで、軍艦三笠の時代の随分前だと思われます

因みに北海道警察・南警察署・山鼻南小学校の処が昔の”山鼻墓地"で国道230号(石山通り)を挟んで"東屯田通り・西屯田通り"の起点が山鼻墓地(平岸霊園に移転)で、私の家の前の通りは"西屯田通り"です


🗾「北海道警察・南警察署・山鼻屯田兵の像」
https://www.google.co.jp/maps?q=43.0216608,141.3457629


明治9年、山鼻に移住してきた屯田兵たちは、海の彼方の故郷を偲んで、一面の原っぱを海原に見立て、海に岬はつきものであることから、”あの崖の形は軍艦の「へさき」にそっくりだということで「軍艦岬」にしたとの伝えがあるそうです


ぐんかん岬と言う居酒屋がありました

札幌市水道記念館にあった札幌市史から撮影しました
🗾「札幌市水道記念館・藻岩浄水場」
https://www.google.co.jp/maps?q=43.0329916,141.3287773
明治中期とおもわれます

明治後期とおもわれます




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